今を生きる愛。

何があろうと、今を生きている。世間的には厳しい境遇だが、死の影などカケラもない。こむずかしいことなど、考えもしない。いい映画だ。

ボクサーにしろレスラーにしろ、彼らを扱った映画には、いいものが多い。特に、主人公がプアホワイトの場合には。
近場では、クリント・イーストウッドの『ミリオンダラー・ベイビー』、ダーレン・アロノフスキーの『レスラー』、共にプアホワイトの物語。この映画、『ザ・ファイター』もそう。
それだけでも、泣けてくる。

父親の違う兄と弟がいる。
兄貴は、才能のあるボクサーだったが、今は、ヤク中のジャンキー。唯一の自慢は、あの驚異の世界チャンプ、シュガーレイ・レナードをダウンさせた、ということ。スリップダウンだった、というヤツもいるが、本人はもちろん町の住人も、”ローウェルの誇り”、と言っている。
このローウェルという町、アメリカ東部マサチューセッツの小さな田舎町。その寂れた町のたたずまいが、また、いい。もちろん、彼らアイルランド系。そうこなくっちゃ、というお膳立てが整う。
しかし、この映画、実話に基づく物語なんだ。
主人公の名は、ミッキー・ウォード。父親は違うが、ジャンキーの兄貴の弟だ。やはり、ボクサー。ボクシングスタイルは、ボクサー・ファイター。今はヤク中だが、才能のある兄貴から鍛えられる。弟も兄貴を頼る。ヤク中のダメ兄貴なんだが、弟にとっては、かけがいのない兄貴。
やるせない兄弟愛ばかりじゃない。その母親が凄い。
主人公・ミッキー・ウォードのマネージャー役を買って出ている。もう60は越している年だと思われるのに、膝上20センチものミニスカートをはいているし、四六時中タバコをスパスパのおっかさん。プアホワイトの胆っ玉母さんだ。
まだいる。兄貴と主人公のミッキーとの間には、別れた亭主と今の亭主との間の子供が7人もいる。いずれも女。彼ら彼女ら、すべてファミリー。束になって、ミッキーの世話を焼く。しかし、彼らがマッチメイクする試合、すべて上手くいかない。ミッキーは敗れる。


ミッキーの前に、シャーリーンという酒場の女が現われる。元ハイジャンプの選手で、大学を中退した女。ミッキーのファミリーとは、やや異質な女だ。あのダメ兄貴やファミリーとは別れ、ラスベガスでトレーニングをつめ、という誘いもある。シャーリーンは、それに賭けろ、とミッキーにいう。
シャーリーン対ダメ兄貴プラスおっかさんプラス7人の小姑連中のファミリー。ミッキーは、一旦はシャーリーンに従う。しかし、試合では兄貴の言葉が、ということになるんだ。

兄弟愛、家族愛の物語。泣かせる。プアホワイトの物語であるだけに、余計に。
寂れたローウェルの町を走るミッキーと兄貴の姿、また、タバコをスパスパと吸うおっかさんの姿、昼休みにセントラルパークをジョギングするマンハッタンのビジネスマンの姿とは、異質のものである。
しかし、これも現実のアメリカだ。胸内、熱くなる。
私は知らなかったが、ミッキー・ウォード、WBUのスーパーライト級の世界チャンプになっている。
実は、ボクシングの世界、世界チャンプを認定する団体、2〜30ある。WBUは、そのひとつのマイナーな団体。マイナーとはいえ、世界チャンプになった男の物語、今を生きる、愛の物語だ。感動した。
なお、今年のアカデミー賞、助演男優賞には、ヤク中の兄貴を演じたクリスチャン・ベールが、女優助演賞には、胆っ玉おっかさんを演じたメリッサ・レオが選ばれた。
共に、プアホワイトの悲しみと強さ、よく伝わってくるものだった。
今を生きる愛。